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mezzo forte の「のほほん」な日記

Archive for 2011年2月

1億円当選?

昼夜逆転もええ加減にせえやって感じに就寝時間がバラバラなので、時差を修正するために夜勤明けに買い物行ったり昼過ぎぐらいまでだらだらがんばってみたが限界。寝たらさっき起きた。やっぱダメじゃん。

で、さっきメールを確認したら1億円キャンペーン当選のご案内などという件名のメールが届いていたのでスパムかと思ったらちゃんとカード会社からのだった。ワクテカしながら本文読んだら残念賞で「あなた様に サンクスポイント10pt を進呈することとなりました」だって。つくづく残念だよっ。

・・・まあ、世の中そんな旨いことはないよね。

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梅の花

2月も今日で終わり。先日夜中にビュービューと風が強く吹いたあと、気温が一気に上がって梅がほころび始めた。会社の通勤途中あちこちに梅の木があるが申し合わせたように白い花を咲かせていた。黒々とした溶岩石のような無骨な枝に五弁の可憐な花がつくのは剛と柔のコントラスト。水墨画の絵師がモチーフに好んで選んだのがよくわかる。

梅や桜、柑橘類などの果樹はある程度成長させないと病気で枯れやすく、また虫がつきやすいなど世話が大変なようだ。でも庭先に一つあると季節の訪れを楽めていいなと思う。花より団子の私は梅の実の甘酸っぱい香りが恋しくなった。

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時間の有効活用法

最近更新が滞っているのはこないだ引いたカゼが抜け切らないから。微妙に治ったりぶり返したり。こないだもヴァイオリンのレッスンをキャンセルしたが、何とか仕事だけは穴を開けずにいられている。とはいえカゼで思いっきりロスタイム。いろんなことが滞ってちょっと焦る。

自分の寿命がどれだけあるかわからないが、人生を半ば過ぎてしまったも同然の歳なので時間は有効に使いたい。とはいえ人間そうそう効率よく動けるものではない。それに今さら焦っても空回りするのがオチ。大体私は過去に何度もエンジン回しすぎてぶっ壊れたではないか。

学生時代はいつも寝坊して遅刻ギリギリで、毎日猛スピードで自転車を走らせていた。しかしある日気づいたのだが、焦ったところで自分のスピードが格段に速くなるのだろうか? 人間、いくら頑張っても自分のスピードには限界があるんじゃないか? そう思い開き直って頭で整理し、次の行動を考えながら動きの効率化を考えたらいつもより早く準備ができて余裕ができた。そう、焦れば焦るほど実はロスタイムになっていたのだ。まあ余裕が出来たらその分寝過ごしてまた遅刻したけれど。

そんなわけで焦るのはロスタイム。結局は腰を据えて少しずつやるしかないのだろう。実は「腰を据える」のにこのブログが役に立っている。焦ったり不安になったときは頭の中で色んな思考がグルグルと回るものだが、それを整理するには一度紙に文章化するのがよい。人間の思考はパラレルすぎて結論を導きだすのに都合が悪い。何か選択を迫られたときには一度メリット・デメリットを紙に書き出して分析すると結論が早いものだ。

頭の中でグルグル「あれやんなくちゃ、これやんなくちゃ」とやっていると、実はウロウロしたりボーッとしているだけだったりすることが多い。立ち止まって思考を整理する時間を費やした方が実は効率的に動けたりする。こうやってブログで文章化していると物事の優先順位が明確になってくる。一応他人が読んでも面白いと感じたり、参考になるようにエンターテインメント性も考えて書いているつもりだが、何のことはなく自分のために書いているのが第一目的となっている。やたら長文が多くて書くのにも時間はかかるが、時間の浪費とは考えていない。何より世間に「やるぞー」と公開することで自分の尻も叩けるし。

むしろ私にとって解決できないことを悩んだり過去のことを思い出していじけるなど、今さらいくら考えてもどうにもできない思考に時間を費やすのは最もくだらんロスタイム。そんなんでクヨクヨしている時間があったら美味しいものをゆっくり味わって、ぐっすり眠るために時間を費やした方が幸せ。人生も得した気分になる、これが私のプラス思考的時間活用法。

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右脳と左脳がつながらない

脳というのは右と左に分かれて交差して、右脳で左半身、左脳で右半身を動かしている。それだけじゃなく役割分担が決まっていて、右脳で空間を把握(感覚脳)し、左脳で論理を思考(論理脳)しているというのもよく知られている。芸術などの分野では右脳、科学技術などでは左脳がそれぞれ発達している人が優れたものを残すらしい。

ただ、単純にそうともいえず、ノーベル賞の科学分野で受賞している人なんかは思考中に右脳がめまぐるしく動くらしい。最近でも将棋のプロ棋士が詰めの一手を考えるときに今まで関係ないと思われた所が活発に動くことが発見された。まあ人間の思考方法なんて未だ一部しか解析されていないのでその辺はそのうち頭のいい人に解明されるんだろう。

そんな理屈っぽいことを突然こねくり出すmezzoであるが、思考回路に若干の問題を抱えていることは周囲の人間ならず、ここを読んでいる人も薄々感じているのではないかと思う。基本、私の脳は面倒臭がり屋である。すぐに物事を単純化しようとしたがるので短絡的思考になりやすい。結論を急ぎすぎる脳なのだ。

時としてそれは習得のスピードを速めて便利なこともあるのだが、感覚だけでガンガン突き進んでしまって実は構造を全く理解していないことも多々ある。感覚は感覚、論理は論理と割り切って、どちらかがわかってればそれでよいと結論づけてしまう。右脳は右脳、左脳は左脳のやることだと各々が責任を押し付けて関知しない。つまり左右が全く連携が取れていないようなのだ。

最近になってそれがわかってきた。どうにも私は音譜が読めない。このところ音譜を目で追いながら音として理解し、運指に変換する練習をしているのだが、何か頭の後ろの方で右脳と左脳がケンカしているような気がして頭がこんがらがってくる。ト音記号の下の加線2本のすぐ下はソと頭では理解しているが、それがヴァイオリンのG線の開放弦とは理解してくれない。ヴァイオリンを持ってゆっくりと音譜を理解させようとすると、途端に弦を押さえる左指が引きつって拒絶反応を始める。左手が「俺は音で理解してんだから勝手にやらせろー」と叫ぶのだ。そうなるともうイライラの頂点。ヴァイオリンを投げるように手放してハアハアゼエゼエと息継ぎをしている。

音譜の読める人は音譜を音色の映像として瞬時に理解するようだが、どうやら私は英語で話すのに日本語で考えて英文に翻訳してから話すような遠回りをしているっぽい。右脳は「音譜を読むのはお前の仕事だろ」と言い、左脳は「お前が音出すんだからちゃんと話聞け」と各々が自分の不得意分野を毛嫌いしているようで全く協力し合う気がないらしい。まるで左右が他人のよう。考えてみると絵を描いているときも大体何も考えていない(右脳が勝手にやってる)時は調子がいいのだが、左脳が口を挟んでくると途端にガタガタになってくる。しまいにゃそのまま投げたくなる。いや、これは単に辛抱が足りないだけか?

ちくしょー、左右をLANケーブルで冗長化してえ。いや、むしろ機械化してえ、などと変な妄想をしてしまうが、結局はこの左右が仲の悪い脳と一生付き合わねばならない。住民の反対運動に遭っている幹線道路の工事現場に少しずつ資材を運ぶように、イライラしつつも少しずつ左右をシナプスでつなげるしかないようだ。

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