ボーン・アルティメイタム

 「ボーン・アイデンティティ」「ボーン・スプレマシー」と続くボーンシリーズの最新作。あんまり流行に乗っからない mezzo だけどこれは別。待ちに待った「完結編」なのですよ。私はレンタルしない主義なので、さっき買ってきてすぐに観たところ。

 このシリーズの魅力は様々あるのだけれど、まずは描写のリアルさ。CG などの VFX に頼らないアクションシーンもそうなのだけれど、カメラアングルや小道具、ロケ地に至るまでとことん偏執狂的に細かいところにこだわりつつ、それを前面に出さないところ。とかくツッコミ所の多いハリウッド超大作において、これだけ隙がない映像を作れるのを見るとまだまだ映画って本当にいいもんですねぇ、と唸らずにいられない。

 3作を通してカーチェイスや爆発、格闘シーン、CIA 内幕のサスペンス、さらにはラブストーリーまで幕の内弁当的にこれでもかと詰め込んでいる。また随所にニヤリとしてしまうようなウィットに富むシーンまで入っているが、それぞれに必然性を持たせているのは正直やられたー、という感じだ。アクション映画マニアだけでなく、女性でも楽しめると思う。

 第1作ではパリでポンコツのミニ、第2作ではロシアでボルガというタクシー、今回はモロッコで盗んだバイクで走り出し、追っ手を巻くのにボロいオフロードバイクで前輪ロックさせてジャックナイフターンしたり、2mのレンガの壁を乗り越える。いわゆる普通以下のクルマで追っ手を巻くなんて冷静に考えれば無理だろ、と思うことをちゃんとアイデアや今までのキャラクター描写でちゃんと説得力を持たせている。

 映画手法としては目新しいものではないかも知れないけれど、ゴーモービルやワイヤーカメラ、スタントマンにカメラを持たせて一緒にジャンプするなど、スピード感を出すためには手段を選ばない大胆さがありがなら、緻密にテンポが計算されたフレームワークとカット割が見られる。ハンディカムでワザと画面に微妙な揺れを与えたり、フォーカスを遅らせたり、画面の半分以上をピンボケの頭ごしにして人物を映すなどして、観客にそのシーンを覗き見するような感覚と臨場感を与えている。

 何よりマット・デイモンの知的でクールで禁欲的なプロフェッショナルな面と、感情の葛藤に揺れる人間臭い面を見事に共存させた演技がこの映画に厚みを持たせている。マットははっきり言えばそんな美男子でもないし、特徴的な顔ではない。だが様々な外国人に成りすまし、すぐに街中に溶け込んで消えてしまう「ジェイソン・ボーン」の役としてはまさに適役。彼以外の配役など考えられない。他の配役も「華」はないが存在感あふれる実力派で固めている辺り、有名俳優の人気に乗っかった映画とは一線を画して硬派な印象。興行的なものをある意味無視した製作側の英断を誉め称えたい。

 私が映画を観るときに自分に課するルールとして、製作者への敬意を払う意味でクレジットを最後まで観るというのがあるのだが、今回はさすがに疲れるほどエンドロールが長かった。ものすごいスタッフの数である。何せロケが数ヶ国をまたいでいる上に、手間のかかることをわざわざやっているからだ。これだけのスタッフを抱え込み、なおかつ大ヒット作の3作目という中で様々な配給側の思惑なども考えると、もっとド派手に、もっとスケールを大きくなどと考えてもおかしくなかったはずである。実際、今回もっとド派手になるだろうと思って観て、拍子抜けしたのが正直な感想。だが観終わってみれば「やっぱりこれでいい!」と思うほど引き込まれていた。大風呂敷を広げてコケる映画が多い中、これは見事としかいいようがない。

 未公開シーンを観ると、やりたいことは出し切り、その後ふるいにかけてバッサリと切っていることがわかる。撮影に膨大な時間と予算と情熱をかけていながら、編集は非情なまでに冷徹で禁欲的な作業だったと思う。最高のプロフェッショナル達が己の能力を最大限に引き出しつつ、それをひけらかすことなく制御している。これはある意味「ジェイソン・ボーン」そのものだ。