以前にも書いたが、私が今の先生のところに決めた理由は入学する前に見学に行き、「呼吸を意識した演奏」を生徒に指導しているのを見たから。子供の頃から何となく弾けてしまっている、いわゆる天才肌の人はそういう具体的な指導ができない。音色について「もっと情感こめてたっぷりと」とか「音が遠くまで飛ぶように」なんて言われても、習う方はどうやって弾いて良いかわからないものだ。
だが私の先生は呼吸のタイミングまで具体的に指導してくれる。先日も弾き始めの第1音の前、つまり何も書いていないところを指差し「ここで吸って」と言われた。むふーっと鼻で思い切り吸ってから、先生の合図で弾き出すと音が生き生きと鳴り出すのが自分でもわかった。先生曰く「息を吸って吐くタイミングも入れないと音楽も息が詰まったみたいになるのよ」と。前に聞いていたから自分でも試してはいたが、具体的に「ここ」と言われるとスコンと理解できて気持ちいい。
以前イトコのキンツボ店長と話をしたときも「ヴァイオリンの人って管楽器やるみたいにブレスがすごい」と言っていた。イトコは元々サックス吹きなので息継ぎの重要性がわかっている人だけど、ピアノやヴァイオリンにはそんなの関係ないと思うのが普通だろう。やはり音楽の世界に長いこと足浸けている人たちの言葉は一味違う。
私の先生も含めて多くの音楽家は皆、口を揃えて言う。「譜面をさらうだけでは音楽ではない」と。私は打ち込みもやるので譜面を機械的に演奏させる無意味さが体感的にわかっている。だが楽器の習い立ては譜面を追っかけるのに必死で、機械的に正確に弾くことばかりに集中してそんなことを考えている余裕がない。
もちろん正確さは重要だが「譜面をしっかり見ろ」と言うばかりで、たとえ正確に弾いても「何か違う」と感覚的な言葉でしか指導できない先生も世の中にいるらしい。私の先生によると今の日本の音楽教育は音楽講師を養成するための教育は存在しないらしい。音大を出たからといって人に音楽を教えることができるとは限らないのだ。私の先生も様々な先生に習って苦労したそうで、その経験を生かして今の指導スタイルを築いたとのこと。譜面にない音を論理的に説明し、時には生徒の素質を見抜いて「メトロノームなんかいいのよ、自分のリズムでやりなさい」と、そんなことをサラリと言って退ける今の先生に当たった私は非常に運がいい。
そんな調子で毎回のレッスンで濃ゆい指導を受けるので、その言葉を取りこぼさないようにしたいと思っているが、なかなかそれを100%吸収とはいかない。私の演奏技術は未だ幼稚園児並みであるが、先生はこっちが中途半端に音楽知識があるのを知ってか「このアウフタクトのアーティキュレーションが」などと容赦ない。忘れないようにここに書き留めておくようにしているが、端から忘れることもしばしば。ていうかこないだ呼吸の他に何言ってたっけ…?
経験則で「呼吸を意識するとタイピングが速くなる」というのがあるんですが、それも何か関係していそうな気がします。
20世紀最高のヴァイオリニストの一人、メニューインは呼吸をコントロールするためにヨガの修行までしてますので、どこがどうつながるかわからないものです。
イラストレーターの横山さんが、「美大の先生は、原理で説明すれば分かる事を小難しい精神論で教えるのが仕事」みたいな事を言ったのを思い出しますた。
自分を高尚に見せたがる人がそういった世界に多いのは私も実感しています。
でもこの先生は効率重視で全く飾らないのでとてもいいですね。
時にすごく怖いですが…(そこがまたナマケモノの私には良いけど)