ヤフオクで衝動買いしてしまったRAUMヴァイオリンをアレコレといじりながら弾いていたらいつの間にか1年経っていた。最初の頃は弦が高くて弾きにくい上、角のあるギギッとした音が耳障りだったのだが、最近音にまろ味というか余韻が出るようになってきた。音量は元々大きめではあったけれど、音の伸びが良くなった上に倍音が響くようになって心地良い。
ヴァイオリンは木工製品。木材は古くなると乾燥するのでその分軽くなり、より多く振動するようになる。だが弾いていないと音が出にくくなるものらしく、数年放置した楽器は死んだように鳴らなくなるらしい。そのため何億円もする博物館級のストラディヴァリウスでも普段は演奏家に貸して音色を維持しないとならないとのこと。頻繁に振動させることで細胞の構造が柔軟になり固有周波数に影響するのだろう。木は伐ってから何百年経っても演奏することで生き続けるようだ。
このRAUMヴァイオリンはケース+弓込み中古で送料込み7,900円。ケースや楽器の状態からして恐らくほとんど弾かれたことがなかったようだった。木目に高級感はなく音色も期待していなかったのだが、ニスの塗り方など工作は丁寧な楽器。1年弾き込んだら目覚めてきて本領を発揮してきたようだ。もしかするとちゃんと調整してやればさらに化けるかもしれない。そういう音色の変化を楽しむというのも生楽器の愉しみ。演奏者の技量に合わせて楽器も成長していくので愛着も湧いてくる。
しかし音がいいからと言って値が上がるということはないし、逆に高価ならばいい音が鳴るとは限らない。古ければ良くなるということもない。ヴァイオリンというのはブランド品で音色よりも制作者の名前でほとんど値段が決まるもの。価格が上げれば普通以上の音になるが、人によって音色の好みがかなり分かれるので楽器は値段で語れない。だがヴァイオリンを知らない人はどうしても値段ばかりに目が行ってしまう。
どこかの家の土蔵から埃まみれのヴァイオリンが出てくると、目を輝かして高値で売れると信じている人がいるようだが、はっきり言ってそれらはほぼ100%ゴミだ。もし中のラベルに「Stradivarius Anno 17xx」とか書いてあったら間違いなくそれはストラディヴァリウスではない。「ストラド型のコピー」という意味で書かれているだけで年代もアテにならない。たまにヤフオクで「Made in West Germany」などとラベルにあるのに「1700年代の古いものです! 本物のストラディバリウスかも?」とか書いてあると失笑してしまう。念のため書くがストラディバリはイタリア人だし、そもそも西ドイツは二次大戦後だから。買った私が言うのもなんだが、ヴァイオリンと動物はネットオークションで買うものじゃない。
年代や真贋の鑑定をラベルだけでしている専門家は皆無だし、だいたい1600~1800年代の西洋楽器がヨーロッパの古城ならともかく、当時鎖国していた日本の土蔵からポロッと出てくるわけがない。楽器商しか参加できないオークションでは貴族の館から出てきたストラドやガルネリらしきものが毎回のように出品されるらしいが、偽物も多いけれど中にはラベルのない本物も混じっているそうだ。専門家が見ると彫りや形状で大体わかるらしいが、はっきりと証明するには法外な鑑定料がかかるとのこと。制作者の生きていた時代の天候の記録データを当たって木目の成長の度合い、使用した材料やニスの組成データで科学的に鑑定するらしい。ちなみに鑑定料はその鑑定機関がつけた額の50%が相場と言われている。1億なら5千万だ。鑑定さえしなければ数十~数百万円でもしかすると本物にめぐり合えるかもしれないが、私としてはまかり間違ってもそういう世界に足を踏み入れたくない。いや万年貧乏症候群の私にはできないけれど。
まあそんな別世界の話はともかく、だいたい日本の土蔵から出てくるヴァイオリンには十中八九「Suzuki」というラベルが貼ってある。国産だからと言ってもピンキリで、鈴木とつく楽器会社は数社あるので価値はばらつく。一番知られているのは名古屋の鈴木ヴァイオリン製造で、ここの製品ならラベルを追えば過去のデータ(Excel形式)で当時の価格がわかる。初代社長の政吉モデルなどはそこそこ高値(と言っても数十~数百万)で取引されているらしい。しかしこの会社以外のSuzukiは不確かな物が多い。
1980年代までは有限会社鈴木バイオリン社という会社もあった(参考:木曽町公式サイト 木曽鈴木バイオリン)。戦後の財閥解体で前述の鈴木から分家した会社で、そこと区別するため「木曽鈴木」と呼ばれ、国産材を使った安価なヴァイオリンを製造していたようだ。私も一時期1953年製の木曽鈴木を持っていたことがある。どこかの土蔵から出てきて骨董市で5,000円で売っていたもの。保存状態が悪かったのできちんと調整してもらいしばらく弾き込んでみたのだが、まるで狼の唸り声のような音(ウルフトーン)が我慢できず結局手放してしまった。「古ければ良いとは限らない」とわかって勉強になった。
そしてこのRAUMヴァイオリンは鈴木楽器製作所製。先述の会社とは関係がない主に学校教材の楽器を製造販売している会社だ。サイトにはヴァイオリンの製品ラインナップがないのだが、一時期はニーズに合わせて外注で作らせていたようだ。鈴木のヨーロッパ支社SUZUKI EUROPE LTDのサイトにあるケース VC-3 Violin ‘Gig Case’ がまさに私の持っているものと同じなのでどうやらこれらしい。本体も日本円で5万円もしないのでやはり大したものではなかった。ちなみにRAUMはドイツ語で「部屋」という意味だが、名字にも使われるので制作者の名前なのかもしれないが本当の意味はわからない。
テレビの「なんでも鑑定団」を見ててもだいたい普通の家から出てくる骨董は二束三文。ヴァイオリンとなると値もつかない代物がほとんどだろう。でもせっかく見つけたのならゴミとして廃棄するより楽器としてリサイクルして欲しい。楽器として鳴らせるようにするには下手するとその楽器の市場価格以上かかるかもしれないが、弾き込めば自分にとっての名器に変わる可能性もある。というかそうなったらいいなぁ、というのが貧乏ヴァイオリン弾きの希望的推測というか本音だったりする。